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この石碑の西側に、明治中期まで船入り江がありました。この船入り江を望んで高田屋の本店・倉庫などが建ち並んでいました。
高田屋嘉兵衛は、北風家の庇護の下、船頭としての才を伸ばし、寛政11(1799)年にはエトロフ入りに成功し、幕府の御用船頭となって北海物産を流通させることに成功した。兵庫に本店、大坂・江戸・函館に支店を構えた。文政5(1822)年、嘉兵衛が淡路に隠居した際に、兵庫の本店は函館に移された。その後、嘉兵衛は文政10(1827)年に4月に郷里の淡路で没している。
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