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上越市

直江津(今町)は、室町時代に成立した日本最古の海洋法規集である「廻船式目」において、当時の日本で十を数えた重要な港を表わす三津七湊の一つに名を連ねていました。北前船が就航した江戸時代には、高田藩の外港として、各地の港から運ばれてきた塩や砂糖、茶、塩魚等を城下町高田や頸城郡内、信濃へ運び出すための受入港として地域の発展を支えました。

概要

直江津(今町)は、室町時代に成立した日本最古の海洋法規集である「廻船式目」において、当時の日本で十を数えた重要な港を表わす三津七湊の一つに名を連ねていました。北前船が就航した江戸時代には、高田藩の外港として、各地の港から運ばれてきた塩や砂糖、茶、塩魚等を城下町高田や頸城郡内、信濃へ運び出すための受入港として地域の発展を支えました。

都道府県

  • 新潟県

市町村

  • 上越市

類型

  • 寄港地

類型

  • 寄港地

構成
文化財

関連
サイト

構成文化財 米山

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説明

北前船の航海の目印とされ、海上安全の信仰対象とされてきた山です。円錐形の美しい形状をしており、古くから航海の目印となっていました。優雅な山容から「越後富士」と呼ばれる霊峰米山は、上越市と柏崎市の境に位置し、愛知県の鳳来寺薬師、宮崎県の法華嶽薬師と並んで日本三大薬師とされます。標高992.5m。名前の由来は、秦澄大師の弟子・沙弥が海を渡る強欲な船主から米俵を五輪山(今の米山)に向けて飛ばしたという伝説によります。古くから田畑の豊作や雨乞い、人間・動物の守護、海上の安全に霊験あらたかと伝えられ、県内はもとより、全国から広く信仰を集めています。

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  • 新潟県

市町村

  • 上越市

類型

  • 寄港地

種別

  • 構成文化財
  • その他

サイズ
構造等

標高約992.5m

関連情報

上越市側からは下牧登山コース(約2時間半)と水野林道コース(約1時間半)の2コースあり

構成文化財 直江津の町並み

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説明

北前船で栄えた風情が色濃く漂う湊町の町並みで、北前船がもたらした笏谷石や御影石等がまちなかに見られます。上杉氏に代わり春日山城主となった堀氏が直江津の関川右岸に福島城を築きました。関川右岸には城と城下町が広がり、関川左岸には「直江町」と「今町」があり、関川には橋が架けられていました。堀氏に代わり、徳川家康の六男松平忠輝が慶長19(1614)年、福島城を廃し城と城下町を高田に移しました。そして関川に架かる橋を廃して街道を全て高田城下経由とし、多くの特権を高田商人のものとし、政治経済の中心は高田に替わりました。直江津には、直江津が廃れることを案じてとどまることを願い出た「八坂神社」と湊町「今町」だけが残されました。その後、今町は立地を生かし海上交通で経済力を高め、北前船寄港地として繁栄しました。高田へ城が移った頃は400軒前後だった今町の家数は、幕末には3倍以上に増えたとされています。明治3(1870)年の「渡世向軒別書上帳」を見ると、新町は町会所が置かれ政治の中心であるとともに、さまざまな商店が軒を連ね、質屋や飛脚があるなど港町の中心、川端町は廻船問屋や廻船荷宿があり湊の輸送や商業の拠点、中嶋町は花街、中町は船大工等の職人、荒物屋等の商人の町であったこと、町ごとに様々な湊町としての役割を持っていたことがわかります。

都道府県

  • 新潟県

市町村

  • 上越市

類型

  • 寄港地

種別

  • 構成文化財
  • まちなみ
  • 石造物(灯籠、玉垣など)

所在地

新潟県上越市

構成文化財 旧直江津銀行

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説明

北前船で栄えた直江津の商工業を支えた明治期の銀行建築です。直江津は明治に入ると、直江津港への定期航路船の寄港や、信越本線全通により海陸の要衝として商工業が活発になり、それに伴い直江津に本店を置く銀行が創設されるようになります。その一つである直江津銀行は、明治28(1895)年に「直江津積塵銀行」の名で発足し、明治期の直江津の商工業を支えました。明治39年の大火により焼失しましたが、明治40年に再建されました。現存する擬洋風建築としては上越市内で最古です。火災の多かった直江津の特徴的な土蔵造で、直江津の伝統技術を受け継ぐとともに、欧米建築の要素を摂取した、港町直江津の近代の発展を表す建造物です。直江津銀行は大正4(1915)年に解散となりましたが、北海道の石炭を直江津経由で長野や東京へ運ぶ事業に成功した高橋達太が、大正9年に廻船問屋の立ち並ぶ直江津の片原通りに旧直江津銀行を社屋兼住宅として現在地に移設し、近年まで高橋回漕店の社屋として使用されていました。建物前のライオン像は、柏崎の石工の作。東京三越のライオンをモデルに造られています。建物内に沖仲仕の頭像があります。板倉区出身の達太は、「直江津の石炭王」と称されました。

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  • 上越市

類型

  • 寄港地

種別

  • 構成文化財
  • 建物

サイズ
構造等

塗屋造、平屋建て
建築面積92.54㎡

所在地

上越市中央3丁目7-31
ライオン像のある館「旧直江津銀行」

指定

上越市指定文化財(2019年3月、「旧直江津銀行 附金庫1基」として指定)

参考資料

『上越市史 通史編5』(上越市、2004年)

関連情報

公開(無料)
本館ホールはイベント等で利用可能(要占有申請)
見学を希望する場合は、見学日3日前(土曜日、日曜日、祝日及び年末年始を除く)までに上越市市文化振興課に連絡。

構成文化財 直江津の海上信仰資料

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説明

北前船船主が航海安全を祈願して寺社に奉納した船絵馬・船模型からなる資料群です。直江津は、室町時代成立と伝えられる海上法規「廻船式目」の三津七湊の一つに数えられ、安寿と厨子王で知られる説教節「さんせう太夫」などでは西や東に船が行きかう境界都市としての姿が描かれるなど、北前船就航以前から、越後府中の湊、大きな後背地を持つ商業港として繁栄していました。江戸時代から明治時代にかけては、高田藩の外港として、また長野方面への玄関口として、北前船寄港地として繁栄しました。これら船絵馬や船模型は、北前船船主たちにより航海の安全を祈願、または航海の無事を感謝して奉納されたもので、当時の物流を支えた北前船の寄港地としての歴史を物語る資料群です。

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市町村

  • 上越市

類型

  • 寄港地

種別

  • 構成文化財
  • 奉納物
  • 船模型
  • 船絵馬

所在地

新潟県上越市

指定

上越市指定文化財(2018年4月、「船絵馬並びに船模型」として指定)

構成文化財 北前船関連資料

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説明

北前船の交易による繁栄の様子を今に伝える古文書・船箪笥・船手形等です。

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市町村

  • 上越市

類型

  • 寄港地

種別

  • 構成文化財
  • 文書
  • 船箪笥
  • その他

所在地

新潟県上越市本城町8-30
上越市立高田図書館

指定

①新潟県指定文化財(2012年3月、「榊原家文書」として指定。(2013年3月追加指定)
②上越市指定文化財(2013年1月、「福永家文書」として指定)

参考資料

『上越市史 通史編4』(上越市、2004年)
『上越市史 別編5』(上越市、2002年)

構成文化財 住吉神社奉納物

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説明

境内には、阿波藍を運ぶ北前船の航海安全と繁栄を祈願し、阿波国藍商人が寄進した石灯籠・手水鉢等があります。船絵馬(市文化財)は明治22(1889)年奉納で、絵馬藤筆と記されています。

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市町村

  • 上越市

類型

  • 寄港地

種別

  • 構成文化財
  • 奉納物
  • 灯籠
  • 石造物(灯籠、玉垣など)
  • 船絵馬
  • その他

サイズ
構造等

石灯籠、手水鉢、船絵馬

所在地

新潟県上越市住吉町5
住吉神社

年代

  • 1889年 奉納
  • 明治時代

指定

上越市指定文化財(2018年4月、「船絵馬並びに船模型」として指定)

参考資料

『上越市史 別編3』(上越市、2001年)

他地域
との
つながり

大阪府大阪市(絵馬藤の所在地)

構成文化財 金刀比羅神社石灯籠

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説明

明治23(1890)年、、尾道石工の木田秀作(市史では太田秀助作と記載されています(「助」も「介」の可能性あり)古川長四郎他が奉納したものです。他に境内地には、明治23年に直江津盛塩商会が奉納した同じ尾道石工による石灯篭や、安政4(1857)年に片田長三郎(片田家所有の船の船頭に、長三郎の名前あり)が奉納した尾道石工作の石灯篭などが並びます。金刀比羅神社は文化年間に起きた洪水に石祠が見つかり、文化10年に創立。明治4年に焼失し再建。荒川町(中央3丁目)は当時海産物問屋が多く軒を連ねていた。神社は漁師や海産物問屋が波除神として信仰されています。当初は関川河口付近にありましたが、昭和50年代の河川改修工事のため立ち退きになり、現在の位置に移転しました。

都道府県

  • 新潟県

市町村

  • 上越市

類型

  • 寄港地

種別

  • 構成文化財
  • 奉納物
  • 灯籠
  • 石造物(灯籠、玉垣など)

所在地

新潟県上越市中央3丁目11-21
金刀比羅神社

年代

  • 1890年 奉納
  • 明治時代

参考資料

『上越市史 別編3』(上越市、2001年)

他地域
との
つながり

広島県尾道市(石工)

構成文化財 八坂神社

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説明

北前船船頭や直江津の廻船業者等、町衆の信仰を集めた神社です。尾道石工作の鳥居や筑前銘のある狛犬、笏谷石の土台や御影石の参道等があります。直江津・高田御旅所行事と屋台巡行(県文化財)は、八坂神社の祭りです。船絵馬(市文化財)は、奉納年は記載されていませんが、作風から文化・文政期の作とみられています。

関連サイト

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  • 新潟県

市町村

  • 上越市

類型

  • 寄港地

種別

  • 構成文化財
  • 奉納物
  • 建物
  • 石造物(灯籠、玉垣など)
  • 祭礼
  • 船絵馬
  • 鳥居

サイズ
構造等

狛犬、鳥居、本殿棟札、船絵馬、笏谷石の土台・直江津高田御旅所行事と屋台巡行等

所在地

新潟県上越市西本町4丁目2-25
八坂神社

参考資料

『上越市史 別編3』(上越市、2001年)

他地域
との
つながり

広島県尾道市(鳥居、狛犬)

構成文化財 直江津・高田祇園祭の御旅所行事と屋台巡行

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説明

北前船は直江津に様々な生業を生み、その町衆に支えられた八坂神社の祭礼です。神輿は高田城下町を巡幸します(県文化財)。高田祇(ネへんに氏)園祭。八坂神社の祭礼で、起源は平安時代に遡ると伝えられるが、定かではありません。高田築城に伴い直江津のほとんどの寺社が高田へ移りましたが、八坂神社は直江津に残りました。元和元(1618)年、高田城主から八坂神社へ送られた「例年通り祇園祭に御供米を出すから、高田城下まで神輿を出して国家安全を祈願せよ」という内容の寄進状が残されています。神輿渡御(直江津を出発して高田の市街地をめぐり、稲田から関川の川下りを経て直江津に戻る)により祭礼が形づくられ、それにあわせて屋台の巡行、御餞米奉納などの行事が行われています。北前船寄港地、直江津の町衆に支えられた祭りで、現在も祭りの時期、直江津の盛り上がりは最高潮を迎えます。

関連サイト

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  • 新潟県

市町村

  • 上越市

類型

  • 寄港地

種別

  • 構成文化財
  • 祭礼

指定

新潟県指定文化財(2017年3月、「直江津・高田祇園祭の御旅所行事と屋台巡行」として指定)

参考資料

『上越市史 通史編4』(上越市、2004年)
『直江の津』(36号、上越なおえつ信金倶楽部、2015)

関連情報

古くは旧暦の6月7日に神輿が八坂神社を出て、13日までは高田、14日の夜に稲田から直江津に下り、17日までお祭りをしていたが、現在は曜日に関係なく、7月23日に発輿祭(高田から迎えに来た祭典委員により行われ、祇園の神様が神輿に乗り高田に出発)、26日まで高田を巡幸し、夕方稲田から御座船に乗り直江津に戻ります。直江津では、迎え花火が打ち上げられ、荒川橋に19町内の屋台が出迎えます。神輿は直江津を巡幸し、28日に八坂神社へ還御。29日夜に御餞米奉納が行われます。

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