構成文化財 米大舟
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- 説明
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北前船の船乗りにより伝えられた民謡です。原曲は、出羽国の酒田節と伝えられます(市文化財)。米大舟は、江戸時代に弁財衆と呼ばれた北前船の船乗りたちが唄い踊ったもので、弁財衆がなまって米大舟になったと考えられていいます。原曲は出羽国(山形県)の酒田節といわれ、伝わった土地により歌詞を変えて、日本海沿岸の各地で唄われてきました。上越市内の海岸沿いに伝えられています。北前船に関した民謡として、港町である上越市にとって貴重な郷土芸能です。
①夷浜では毎年8月20日、佐々野宮神社の祭礼の晩に地元の人たちが唄い、踊る。「夷浜米大舟保存会 舟踊会」が保存伝承を行っている。浴衣は、紺基調。
②「べいだいしょう」と呼ぶ。北前船の船乗りたちに由来する民謡。平成28年、地元の黒井神社の祭りで30数年ぶりに披露。八千浦小学校児童が地域の方々と太鼓と鳴子を打ち鳴らして踊った。楽譜を手掛けた熊倉洋子氏が八千浦地区明るい町づくり協議会と協力し、CDを製作し、地元の小学校6年生9人と練習し、披露した。数年活動が継続されたが、現在再び休止状態。
③酒田の船頭亀田伊兵衛が、今町(直江津)に寄港の折、凶作の話しを聞き、潟町に米俵を運び、その際の酒宴の関で伊兵衛が唄い踊ったと伝えられている。伊兵衛は帰国後、潟町に戻り永住し、小山孫右衛門氏の裏手に住居を構えたとされる。春秋の神明宮のお祭りには必ず陣頭にたって若い衆に、この踊りを指導されたと伝へられている。伊兵衛、寛延3年6月2日死亡し、潟町花光奄墓地に埋葬された。現在、「大潟町米大舟保存会 潟町支部」が保存伝承を行っている。浴衣は、白基調。
④土底浜に伝わる米大舟は、現在、諏訪神社の秋祭りで踊られている。享保8(1723)年再度にわたる大凶作の時代に酒田から米を運んだときに伝わったものといわれている。
凶作時、高田藩では新田開発とともに酒田から米を買付けた。直江津に米が到着後、吉浦・夷浜・郷津の湊に配船され、各地の郷蔵へ納められたと伝えられる。吉浦湊は、土底浜小山平治氏の旧屋敷及び藤縄半六氏の旧魚作業場付近とされる。吉浦湊に運ばれた米俵は、地元の人によって運ばれ、夜は船主や土地の男女とともに養性寺境内に集い酒を飲み米大舟を踊ったと伝えられる。踊りの故郷酒田では既に根絶しており、酒田の歴吏研究家の間では「幻の民謡」とされる。現在、「大潟米大舟保存会 土底浜支部」が保存伝承を行っている。浴衣は、白基調。 - 関連サイト
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- 上越市HP(上越市の文化財「米大舟」) https://www.city.joetsu.niigata.jp/site/cultural-property/cultural-property-city008.html
- 上越市HP(上越市の文化財「潟町米大舟」) https://www.city.joetsu.niigata.jp/site/cultural-property/cultural-property-city162.html
- 上越市HP(上越市「地域の宝」「大潟米大舟」) https://www.city.joetsu.niigata.jp/soshiki/bunkagyousei/chikinotakara-r2-no30.html
- 上越市HP(上越市の文化財「土底浜米大舟」) https://www.city.joetsu.niigata.jp/site/cultural-property/cultural-property-city163.html
都道府県
- 新潟県
市町村
- 上越市
類型
- 寄港地
種別
- 構成文化財
- 民謡
所在地
新潟県上越市
指定
①上越市指定文化財(1974年3月、「米大舟」として指定)
③上越市指定文化財(2007年6月、「潟町米大舟」として指定)
④上越市指定文化財(2007年6月、「土底浜米大舟」として指定)
参考資料
『新潟県の民謡』(新潟県教育委員会、1986年)
『上越市史 通史編7』(上越市、2004年)
『大潟町史』(大潟町、1988年)
他地域
との
つながり
山形県酒田市(原曲は酒田節)




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